某会社員が思ったことをつらつらとin ホーチミン

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自分を愛するように隣人を愛せよ

先週ローカルスタッフがミーティングをしている時に1時間の話し合いの末に決まった内容に対して、議論が終わった後に意見をして来た。

 

内容がそれまでの議論の内容を覆すもので、何故それを議論の時に言わなかったのか、これまでの時間と参加者の姿勢を無碍にする発言に腹が立ち厳しい口調で指摘をした。

 

 その時はsorryしか言わなかったが、後で自分が試用期間だから発言するのを躊躇ったのだと説明しを受けた。

よくよく考えれば、自分は比較的会議とかでも発言できる方だと思うが、彼女の立場だったらそうもいかないのかもしれない。

 

外資系の企業で上司が外国人たまにうまくコミュニケーションが取れずもどかしい時がある。

 

もし自分がそんな立場だったら、その場で発言できないのは無理のないことかもしれない。一通り共感した後、「いい意見だったから余計に議論の場で話してほしいと思ったんだ。次からよろしく」と伝えて、私は他のスタッフより先にオフィスを後にした。

 

帰り道本を読んでいると聖書の一節が引用されていた。

「自分を愛するように隣人を愛せよ」

特に信仰はないが良い一節である。

 

自分がもしその立場だったら、自分の大切な人がその立場になったら。どんなに忙しい時ももっと想像力を持って人と接したいと思った。自然と色んなことが他人事ではなくなっていく。

 

「自分を愛するように隣人を愛せよ」

 

完全体になる

質の低い記事を上げても仕方ないと思いつつも、その時に感じていることを言語化して、誰かに聞いてほしいという思いは強い。

 

今日は思わぬ形で完全体、言い換えればウォーグレイモンもしくは究極完全体グレート・モスになった男の話である。

 

気分を悪くされる方もいるかもしれませんので、読み進めるのは自己責任になります。

 

 

 

 

男が学生の時、女を家に呼び愛を育んでいた時に事件は起きた。

 

外出しているはずだった男の母親が部屋にいきなり入ってきて、慌てた男が体をよじって、女も取り乱したその時

 

 

 

 

「ガブっっっっっ!!!!!」

 

ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!!

 

 

 

男の叫びが家にこだまする。

男はJrから出血し、救急車で病院へ搬送され数針縫うことに。。。

 

 

 

2日程入院することになり、退院する頃には腫れは引いたものの、包帯を外すのが怖くてできなかったという。

 

家に帰り入浴するとき、男はJrの異変に気付いた。

それを見ていた弟がこうつぶやいた、「パーフェクトジオングや」。

 

 

図らずも完全体になった男はその傷に誇りを持っているという。

おわり。

 

 

 

できることにフォーカス

どうも、お久しぶりです。

ホーチミンは変わらず30°前後で暑い日が続いてます。あまり好きではない冬も恋しくなる暑さです。

 

今日は遠隔で業務をしているお客様のところで、問題が発生しました。

提出期限が今週の書類を準備しており、全ての書類を確認し提出できる状態にしたのですが、提携先から書類が足りていないことに気づいたと連絡がありました。

 

その書類は、日本の親会社の社長の署名が必要で、その後原本を日本から郵送する必要があると連絡がありました。開いた口が塞がらない状態でした。親会社の社長は海外に出張中のため、サインすることができず

 

代筆は基本的にはNGであり、こちらから代筆を依頼することはコンプライアンス上問題になります。

 

いつもバタバタしているのに、いつにも増しててんやわんやになりました。ベトナム側でできることをすべて確認してから、日本に電話して、現状を説明して対応策を伝える。成人の日で休みである日本に電話することの申し訳なさとかはベトナム人には想像がつかないのかもしれない。

 

活字で説明すると焦りが伝わりにくいですが、企業が事業をできなくなり、ペナルティを請求されるため、私としては何が何でも避けたいところ。。。

なぜ、2週間前に書類の確認をして、先方から署名をもらうタイミングでそれに気づかなかったのか。イライラが募り、それを思わず提携先にぶつけてしまった。

 

結果として、なんとか間に合わせる方法を思いついたため、対応できたものの、久しぶりに自分はベトナムで仕事をしているのだと実感した。

 

 

この経験から自分の力で変えられるところに目を向けることが重要であると再確認した。

変わらないこと、例えばベトナム人の気質、過去の出来事などそれを踏まえて今の自分が問題を解決するためにできることは何なのか、それを突き詰める方が変えられないことにとらわれるよりはるかに建設的で意味があることだろう。

 

しまったと思う前に教訓として学びに変えていこうと思う。その時の感情と自分を切り離して、冷静に自分のできることにフォーカスしていくことが何よりも次の一歩につながると思う。

パニックになることが多いからこそ、常に心に留めていたい。自戒